食べ物と命の重さ

以前、食育の一環として、学校で生徒が鶏を育てて食べるということが行われていた。
この教育には保護者などから賛否の声があがり、最後の食べるところまで授業が進まなかったということもあったという。

確かに、ひよこから育てた鶏を食べるという行為は残酷だ。
愛情を持って育てればそれは増すばかりであろう。
ただ、だからこそ学ぶこともある。

食事の前には、いただきます、と言うことが当たり前になっているが、その言葉の重みを学習できるからだ。
食べ物を粗末にしない、生き物を大切にする、ということを学ぶことができる立派な授業だ。

学校で、なぜ人を殺してはいけないのか、教えなければいけないという話を聞いたこともある。
当時は、そんな当たり前のことを教えなければいけないことに驚いたが、今回の食育もその一環になるだろう。

残酷すぎる授業ということは理解できるが、当たり前すぎることを教えなければいけない現実もある。
この授業を受けた生徒は、食べ物のありがたさや、命の重さを生涯忘れることがないだろう。

「頂きます」の意味を履き違えているからこそ、的外れな議論になってしまう。
では、あなたは、これから肉を食べないのかと問いたい。
はっきり言っておかなければならないのは、命を頂くのであって、肉を頂いているだけではないのだ。

世の中の生態系は弱肉強食の世界である。
ヒトは残念ながら、農作物だけでは身体が正常に機能しないのだから。

図鑑のこと

一般向けの図鑑てのは、どうしてこうも、本当に欲しい情報が載っていないのだろうか、といつも歯がゆい思いをしている。
私は図鑑が好きで、何冊も持っている。
鳥のやつ、海の生き物のやつ、動物、植物のやつ。

どれも美しい写真がぎっしりつまった大判のやつだ。
載っている生き物も多いし、読むところも多い。
これならいつでも調べたい生き物が見られる。
ところがどっこい、実際の生活の中で見かけた生き物なんて殆ど載っていないのだ。
これはどうしてなのかと思った。
答えは簡単だ。
図鑑に載っている生き物は、世界中の主要なものを集めているからだ。
誰でも名前を聞いたことのあるような有名な生き物、ある土地に固有の珍しい生き物なんかである。
たくさん枝分かれした、素人には殆ど区別のつかないような亜種が沢山いる種のうちで、日本の道端や街中で見かけるものまでも網羅して載せろというのは無理がある。
そもそも日本は、世界の中では本当にごくごく小さな国なのだから、限定するにはあまりにローカルである。
もし今日道端で見た生き物を調べたいなら、フィールドを絞って図鑑を選ぶしかない。
山野なら山野の、街中なら街中の生き物を載せた図鑑。
それも、日本の生き物と限定してくれているものに限る。
それでももし満足できなくて、もっともっと詳しく全種知りたいというような場合は、もう種を限定するしかないのである、言うまでもなく。
それも、専門書になるから急にお高いものになる。
値段的にも、知能的にも、なにもかも。
それで結局仕方なく、いつお目にかかれるか分からない、カラフルな鳥とか毒蛇とか、どこかの国の名前を冠したカブトムシなんかが載っている図鑑を眺めて、今日見たのはこれに似てるから仲間かな、と想像するしかないのだ。
知識と言うのは実に得がたいものである。

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