食事は一人よりも二人で

何年か一人暮らしを経験しました。
一人で暮らしていると本当に料理や食べることが好きでない限り、毎晩食事を作ることがばかばかしく思えてきます。

私もその料理に関心が無かった一人で、やたらとどこのス-パ-マ-ケットのお惣菜がおいしいかとか、どのラ-メンがおいしいかなんてことに詳しくなっていました。

ただ友達が来るとなると別でした。
友達が来る日には、なさけない話ですが私ができる料理で何が一番成功率が高いかなんてことを思い浮かべながら、いそいそと近所のス-パ-マ-ケットに買出しに行っていました。

そして久しぶりにきちんとした器を取り出し、ちょっと見栄えよく小さな丸テーブルに何点か料理をのせて友達を喜ばせようと思うのでした。

どんな料理を作ったとしても、必ず一人で食べるときよりも二人以上で食べる時の方が、きちんと礼儀正しく、楽しく食べることができるのは私だけではないでしょう。
しかも一人で食べる時よりもそうでない方が合間に話などをするので時間をかけて食べるはずです。

そうする時に満腹感をちゃんと感じたりしますし、食べることがただ単なるエネルギ-源として取り入れる責務ではなく、喜びの時間になって私たちの生活を豊かにしてくれるはずです。

更に一緒に食をとる時に人と人との関係を一層近しいものとし、友情に貢献さえしてくれます。
近年家族や友人、それぞれが忙しくて中々食事の時間が合わないのが現状です。

しかしせめて週末だけは、せめてこの曜日だけはと、努めて大切な人と食事をとることは賢明と言えるかもしれません。
私も改めて努力をしようと思っています。

二人で食事をするということ

食事を2人でする場合って、すごく親しい人もしくは、親しくなりたい人でないと私はできません。
そういう意味で私の食事を共にする人はかなり自分が好意を持っている人だと思っています。

お付き合いで複数人数と食べるなら、誰とでも結構食べることができます。
私は食べる仕草を他人に見られると恥ずかしいと感じます。
そういうのをさらけ出せる感じが親しさを感じさせるのだと私は思っています。
「そこまで深く考えなくても!」と思う方もいるかもしれませんが、食はかなり私の中で大事なものなのです。
しかも、食べ方のスマートな人、汚く食べる人、こぼしてしまう人など、結構みなさん食べる際の癖を持っていると思います。
それをも気にせず見せられる相手として、もし異性から食事に誘われたのなら、私はかなりその気になってしまいます。
男性から女性を食事に誘うことは確かに下心があるのかもしれません。
そして、それをわかっている上で女性が誘いにのってしまったのなら、それはもう自己責任だと思います。
奢ってもらえるから…なんて思ってはいけません。
その人の心を踏みにじっているのと同じだと思うくらい重要なことだと思います。
だからと言って、男友達から声をかけられた時に拒否するというわけではありません。
そういう時、私は決まって言います。
「ねぇ、誰か誘ってみんなで行こうよ!そしたら楽しいじゃん?」そんな私は誘ってくれた男性から見るとどうでしょうか。
やはり私は女度が低いのでしょうか。
それとも、気がないとわからせる合図としてはわかりやすく、かつ傷つけない正解なジャッジをしているのでしょうか。
どちらにせよ、私にとってそれほど食事はプライベートな深い部分にあるのです。

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