アスレチックで童心にかえる

休日に子供達を連れてアスレチック施設に行きました。
ここのアスレチック施設はめずらしいものが多いので、子供達は大好きです。

アスレチックの遊具は全て水面上にあるので、最後までたどり着かず途中で落ちると、水の中にバシャーンと入り、洋服はびしょ濡れです。
誰かが落ちると自然と笑いが巻き起こります。

子供達はみんな裸足で駆け回り、順番もちゃんと守って見知らぬ者同士でも友達になれ、本当に微笑ましい光景です。
私も主人もはりきって参加してしまうタイプなので、ある意味大人も子供になれる場所かもしれません。

何人かの子供は頭から全身水びたしで河童のようでしたが、親に怒られるわけでもなく、思いっきり楽しんでいました。
私達の両親が子供の頃は、こういう場が生活の中にあったのでしょうが、今ではわざわざ連れて来ないと体験する事が出来ないほど、私達の住む世界には危険たくさん増えました。

それでも、今日は活き活きした子供達の表情を見れて本当に良かったです。
自然が子どもの体力と社会性を育むのですが、そんな施設は貴重ですね。

泥まみれになって遊ぶことを禁ずる親もいるそうで、どうも雑菌が気になるのだとか。
免疫力を鍛えることが、強くてたくましい肉体を作るのですが、無菌状態で子が育つなんて、思い上がりもいいところですよね。

ちょっとした擦り傷程度のケガをしたら、昔は、赤チンでお終いです。
今はガーゼを充てて、定期的に消毒までする家庭もあるようですが、ちょっとやり過ぎな感じも・・・。

子供の頃のものの見え方

子供の頃と、大人になった今ではものの大きさが違って感じることはないだろうか。
例えば、子供にとってはとてつもなく大きかったジャングルジムや滑り台。
テーマパークのアトラクションくらいに見えたアスレチック。
露天風呂くらいに感じた、庭で入ったビニールプール。

それらのものは今見れば、みんな箱庭のようだ。
自分の体が当時に比べて大きくなったせいで、子供規格に合わせて作られたものはみんな小さくなっているのだ。
ただそれだけのことなのだけれども、まるで魔法が解かれたように色褪せて見える。
これも一種の通過儀礼だろう。
だから、子供の頃大きく見えた動物達も、もしかしたら小さいものなのかもしれない。
小学生の頃住んでいたところは、まだ開発途中で草木が沢山あって、土手には今は余り見かけない、ジュズダマやオナモミのしげみがそこここにあった。
そこを駆けずり回って遊んでいた私は、自然そこに住む虫たちにも馴染んだ。
ショウジョウバッタやコオロギ、スズムシはごろごろいた。
そんな中でもやはりなかなか会わないのがトノサマバッタである。
トノサマと名のつくだけあって、そうそういないものなのだ。
ある日、私は超特大級のトノサマバッタを見た。
10cmくらいある。
と子供の私は思った。
これはトノサマの中のトノサマ、天下統一のトノサマだ、と。
まさにあの特撮ヒーローのバッタみたいな、あれと同じ顔をしていたので驚いた。
余りに神々しいのと、余りに大きくて怖いので、ついに捕る事ができなかった。
あれから、そのトノサマレベルのバッタにはお目にかかっていない。
もしかしたら、あの時10cmと感じたのはやはり子供レンズを通してというだけで、本当はちょっと大きいくらいのバッタだったのかもしれない。
けれどもやっぱり、私が当時見たものが、世界で一番大きいバッタだったと、今でも信じている。

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